趣味の域を越えるクライミングについて思うこと

ぼくがグッぼるに来て1年。来る前と比べてクライミングに対するモチベーションはさらに上がった。サラリーマンを辞めてクライミングジムスタッフになったので、もちろん関わり方はガラリと変わった。ただそれら以上に、考え方や捉え方がどう変わるかまでは想像していなかった。

以前からあったモヤモヤした感情

「なぜ、クライミングは趣味の域を通り越して生活の一部になったのか?」。クライミングを始めてしばらくは、自分がこれほどのめり込むとは少しも想像していなかった。漠然と「このままサラリーマンを続けるのはありえない。自分らしい人生を全うしたい」などと思っていた程度だ。元々、人と同じことをするのが嫌な性格で「変人」と思われたいのが根底にあったからだと思う。
それがクライミングを継続していくうちに気付いたら「趣味」から「生活の一部」になっていた。始めて1,2年のころ、岩場に行く機会が増えた当時はよく「こんなにも没頭できることに出会えて幸せだ」と感じていた。岩を登ったりジムで課題に打ち込んだりしているときは、目の前のそれらのこと以外は一切頭の中にはなく、ただただクライミングに没頭していたからだ。

2年前の自分

生活の一部であったクライミングが、徐々に生活の基盤になりつつあった。ここまでいけば、クライミングが趣味の域を通り越し理由がただ「楽しいから」や「強くなりたいから」だけでは片付けられなくなっている。2016年2月7日のFacebookには以下のように投稿している。

【世界を変えるお話】

自分に向き合うということを、いままでどれだけしてきただろうか。

小学生時代にやっていたサッカー、5年生から始めたこともあり周囲との実力差が明らかで楽しくなく、ハマらなかった。中学時代の陸上、走ることが好きで極めたいと思い入部したが、蓋をあければサボりグセがあり真面目に取り組まなかった。

高校時代の水泳、4泳法の中でも平泳ぎはまだマシ、という理由で専門種目に。練習すればするほど、面白いようにタイムが縮み、それまでしたことがなかった自主練習にも励んだ。環境もよく、切磋琢磨できる仲間に恵まれたから更にのめり込んだ。

大学でも水泳部に入った。入部早々、レベルの高さと謎のシキタリにくじけたこともあったが、「泳ぎたい」という気持ちが強く、再び練習に打ち込んだ。ただ、環境を理由に100%出し切るという練習ができないこともあった。自分に甘かった。

社会人になり、仕事の忙しさにかまけてスポーツから離れていた。何かに打ち込むことはなく、仕事と中身のない遊びに時間を費やしている自分が情けなかった。そんなとき、あるきっかけで数回経験したことがあったクライミングを本気でしようと思い、ジムへ足を踏み入れた。

1年目は水泳と同じで登れば登るほど強くなり、グングンのめり込んだ。2年目になり、手首を痛めたことがあった。ケガとの付き合い方がわからず、スランプに陥りかけた。ただ、その間もサボったりすることはなかった。いま、どうすれば最善なのかを考えるようになった。手首をかばいながら登り続け、気がつけばケガをする前とは比べものにならないくらい成長していた。

サッカーも陸上も水泳も、どれも生涯続けられるスポーツである。ただ、部活という節目のある環境でしていたこともあり、生涯続けたいというまでには至らなかった。クライミングはどうか。いま自分が選んだ環境で、一生涯続けられるかは微妙である。というか、いまの環境で続けることが最善だとは到底思えない。Changing the environment.

とにかく登りたい!!!!\(^o^)/

マズローの欲求5段階説

最近知ったこの理論が、一つの答えに導いてくれた。端的に言えば、人間の基本的欲求は「5段階のピラミッド」のようになっていて、底辺の欲求が満たされると、1段階上の欲求が出てくるという考え方。
それぞれの欲求の説明は置いといて、欠乏欲求とは「自分の外との繋がりで満たされる欲求」。人間が生きて行くには他者との関わりが不可欠ということを示している。
今回のテーマ「なぜ、クライミングは趣味の域を通り越して生活の一部になったのか?」を考える上で大切なのは「自己実現の欲求=成長欲求」。これは、他者との繋がりでは得られない、「自分自身」のみで満たされる欲求。
「あの岩のあの課題を登りたい」「強くなりたい」というのは紛れもない成長欲求であり自己実現の欲求。他との関わりではどうにもならない、自分の中から湧き出て、自分でしか満たせない欲求。自分の弱点を克服し、持てないホールドを持てるようにし、取れないホールドを取れるようにする。それらが実現したときこそが、「最高に最高」な瞬間。

結論

「自己実現の欲求(成長欲求)が極めて高く、それを自分のためにやり通すのが好きすぎる」から、ここまでクライミングにのめり込んだのだと納得した。ぼくがグッぼるスタッフ紹介に書いていることはそういうことだ。

「自分自身を知るためにクライミングをしています。生きているうちに“考えられる最大限の努力”でどこまで到達できるのかを試したい。」

この1年で、クライミングに対する考え方や捉え方が変わりつつあることが素直に嬉しい。「生活の一部」から「人生」になりつつある。もう前に進む以外に考えられない。